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楽しく生きていく

面白おかしく楽しく過ごす。知りたいことはメモってく。

兄が大切にしているiPadを弟に貸したがらず、泣く。

子育て 人間関係

 7月に購入したiPad

長男が小学校の授業で使うので購入したが、 うちにはタブレット端末が無い為、

「家族のものだから。お父さんもお母さんも使うから」

マインクラフトのアプリを入れたいという願いも、

「OKだけど、弟(幼稚園児)にも貸すこと」 と約束させた。

 

とはいえ9月から学校に毎日持って行き、セットアップし(基礎的なセットアップは親がすませたが、学校でも追加で行う)、 家ではマメに充電し、画面を拭き、とても大事にしている。あきらかに「自分の大切な物」扱いである。

 

マインクラフトは、当然下の子もやりたがった。うちはゲーム機をTVゲームも携帯ゲームも与えていないので ノートPCを除いて、唯一のゲーム機である。

一方この半年で、兄弟間で

「俺の物を勝手に触るな」「〇〇が勝手にオレのものを使った/読んだ」といった喧嘩は増えていた。 iPadに関しても、日に日に兄の弟に対する監視の目が厳しくなり、

弟「iPad使っていい?」

兄「お前いっつも俺のもので遊ぶ。自分のもので遊べよ!」

私(母)「いいやん、貸してあげなさいよ。それに家族のものでしょう」

=>「わかッたよ!」とイヤイヤ貸す、という日が続いていた。

 

また、うちではiPadのゲームは30分と決めてキッチンタイマーをセットしているのだが、それも 弟が使うのに兄がセットしたり、30分経過し「ピピピピ」と鳴り出した途端に兄がバッ!とiPadを取り上げたりすることが多く、 私は兄に

「管理するのはあんたではなくお母さんだ」と注意していた。

 

最近、兄の貸したくない態度はひどくなり、イヤイヤながらも「貸す」と許可するまでにごねてばかり。 今日弟が「貸して」と言った時も、兄は

「お前自分のおもちゃで遊べよ!」と嫌な顔をして漫画を読み続けるので 、私が

「いいでしょ?貸すよ」と弟に渡すと、珍しく 兄は泣きだした。

 

 

「いいっていってないのに、貸さないで!」

泣くのにびっくりして 頭を撫でようとしても、怒りのせいか振り払ってくる。(普段からもう甘えてひっついてくることは少ないが)

 

最近、兄の心にちゃんと向き合ってなかったかも、と一旦弟を待たせて話を聞いた。

・そうか、断りなく弟に貸したのが嫌だったんだね。

=>(泣きながら頷く)

 

・でも、そもそも、貸すのが嫌なんだよね。 俺ばっかり貸してるって思ってるんだよね。 家族のものだけど、すごく大事にしてるもんね。

自分の大事なものを貸したくないって気持ちが強いんだよね。

=>頷く。 「そりゃ大事だよ、壊れたら困る、学校で毎日使うものだから」と

 

・でも家族のものだよね?・・って気持ちの上では納得してないんだよね。

お母さんもお姉ちゃんに漫画を貸したくないとか、勝手に物を触られたくないとか 中学でもやってたから、すごく分かるよ。

でも、うちは、ゲームの為に高いiPadをもう1台買おうとは思わないし 、1台をみんなで使うしかないの。○○はいつも弟にiPadを貸してるのに、弟がおもちゃや本を貸してくれないとか、 その時にお母さんが不公平な対応をしたら、それはその場でお母さんに言って欲しい。

=>弟のおもちゃなんか興味ないし (まぁそうだよね・・・)

 

iPadについては、どうしたら○○が貸せる気持ちになると思う?どういうルールにしたらいい?

=>(しばらく考えて) 「・・普段は俺もマインクラフトを使わない。友達と遊んだり、食事に行ったり、旅行に行ったりするときだけ マインクラフトを二人とも使っていいことにする」 という。

 

・そんな、二人とも使うのを我慢するような、使わせたくないからオレも使わない みたいなのは 楽しくない。お母さんはマインクラフトもiPadもせっかくあるんだから楽しく使えば良いと思う。 (そもそも友達が来てプレイするのは兄だけなのでそれも不公平だが)

 

・・結局兄の口からは解決策が出ず、話している30分の間に弟は寝そうになっていったので 「貸していい?」というと「・・・・・・・わかったよ」と渋々了承。

 

兄を納得させるにはどうしたら良いのだろう。

 

そもそも「家族のもの」というルールを頭では認めているものの、心理上は「俺の大切なもの」となっている。ルールの押し付けだけじゃなく、兄の心理についても色々考えていた。

 

私も二人姉妹の妹として育ち、常に姉と物の取り合い、自分の物を貸さない の喧嘩ばかりだった。 同性の兄弟だとどこの家庭でも良くある話かもしれないが、私は特に 「お姉ちゃんばっかり、ずるい!」 「不公平だ!」 と、公平さを求める、損した、自分ばっかり、やられたらやり返す という価値観で育ったような気がする。 姉もおそらくそうだ。

そのせいか、姉の子供も、うちの子供も、兄弟間で

・「自分が相手よりも得をしたい」

・「公平に食べ物/物を与えられないとすぐ喧嘩になる」

・「相手が憎たらしくてしょうがない」 といった心理が、年を追うごとに強くなっているような気がする。

 

子は親の鏡。

親の価値観や言動は、3Dプリンタのように、子供にコピーされている。 まるで私の子供時代だ。ということは、私の心理状態や精神状態も、同じようなのではないか。

 

子供の頃の、自分の邪魔をしてくる存在は、姉。

現在の、自分の邪魔をしてくる存在は、夫。

 

いつになっても、身近な人間に、被害者意識を持ってイライラしていないか。

「思考は現実化する」ではないが、結局自分のストレス源や被害者意識が行動に現れ、 それが子供にも反映されてはいないか。 「子供のために、夫を許そう」という思考回路は自分に無理をしているのでやらないが、 合理的に考えて自分の被害者意識を無くしたほうが、子供にも反映されていくのではないか。

また、母親の愛情 という面で。 最近あれこれと勉強を見る時間は増えたが 「一緒に遊ぶ」 「話をじっくり聞く」 といった、「心を使う」といったことをあまり出来ていなかったような気がする。

弟はまだ寝かしつけをするし、「ぎゅーして」と抱っこもするし手もつなぐが、 兄は弟が生まれてからあまり抱っこしなくなり、自然に離れて行った。小1くらいから手もつないでくれなくなった。 折にふれ、ぎゅーしようか!とかスキンシップを試みるが、「キモい!」と逃げ、 機嫌がよい時はふざけて殴ってくる。 年齢の割にスキンシップが少なく、また弟とのスキンシップの差が気になっている。

 

他。 最近、長男にとってストレスが溜まる要素もいくつかあった。塾に通い始めたり、英語塾を変わったり、秋の英検・漢検に向け問題集を週1レベルだがやるようになったり。 また、最近天候が悪く、ただでさえ外で友達と自由に遊べないのに、土日もあまり体を動かし発散させられない日が続いていた。 ごくたまに弟が寝落ちした時に将棋の相手をしたり、 週末に一緒にジョギングをしたり、はしているのだが。

話を聞いてあげる時間がもう少し必要なのかなー。

ウエストサイド・ストーリーとマイケル・ジャクソンに見るアメリカ・ミュージカルの歴史

こんばんは。

 

サウンド・オブ・ミュージックをきっかけに、ついでにウェストサイド・ストーリーも子供に見せたくなり、10代以来?ン十年ぶりに鑑賞しました。

 

劇団四季や嵐の公演などでご存じの方も多いかもしれませんが、サウンド・オブ・ミュージックマイ・フェア・レディーと並んでアメリカのミュージカル映画の名作です。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」がベースになっていて、1960年代(古!)のニューヨークを舞台に、対立する不良少年グループの中で出会った男女の悲恋が描かれます。まぁ、とはいっても大人になってから観ると全然青臭くて感情移入できないんですけど。

主役のトニー、眉毛のせいか恋で色ボケてるせいか、サラリーマンNEOがんばれ川上くんに似ていると思うのは私だけでしょうか。

 

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悲恋はともかく、不良たちの群舞がカッコいい! 50年以上前の映画とは思えません。サウンド・オブ・ミュージックは歌と曲が素晴らしく、ウェストサイドは、もちろん名曲と言われている曲もあるけれど、圧倒的にダンスが印象に残る映画だと思います。

DVDジャケットにもなっている冒頭のダンスシーン

 

また、バック・トゥ・ザ・フューチャーの深海ダンスパーティーを思い出すような1950年代らしいダンスシーンもあれば、

 

 

 マイケル・ジャクソンの"Smooth Criminal"や"BAD"を思い出すようなダンスシーンもあり、アメリカのミュージカル・ダンスの進化の歴史を見るようです。

 

てかマイケル、絶対ここ意識してるんじゃない?
万一オリンピックの準備中だとマイケル、心配だけど。

・・と思ったら、

BADの振付師によると、「背景やプロットはウエストサイド・ストーリーの特に”Cool"のシーンに大きく影響を受けている(引用元Wikipedia Bad(Michael Jackson))」だそうです。なるほど。

 

で、Smooth Criminalはフレッド・アステアの映画”バンド・ワゴン”のトリビュートだそうでウエスト・サイドは関係ないようです。そういえば時代設定がもう少し前でしたわね。失礼しました。

 

また、Beat ItはWiki日本語と英語で違うことを言っていました。

日本語版は”ウェストサイド・ストーリーのトリビュート”と明記してありますが、英語版とその引用元によると、「ウェストサイド・ストーリーから着想を得たわけではない」と作り手は主張しているようです。確かにギャングの設定やナイフの決闘シーンは似てるけど、振付はウエストサイドみたいに優雅じゃないかも。

 

・・なんだか歴史というより著作権粗さがしみたいになって来ましたが、

とはいえ、これまで何度も観たマイケルジャクソンのビデオと、昔のミュージカルのあるシーンがつながっているのを発見するのは、結構楽しい、です。

フレッドアステアの映画も見れば、もう少しダンスの歴史をさかのぼれるかもしれませんが、、ちょっと退屈そう?

 

では、今日はこの辺で~。

 

 

サウンド・オブ・ミュージックは名曲揃い

音楽 やりたいこと

先日、勇気を振り絞って好きなことをまた始めることにしましたが、そのお蔭でか、昔から好きだった歌や映画をもう一度観たくなりました。

 

私は昔からミュージカルが好きなのですが、そのルーツは

幼少期、父親の車にあった、カセットテープよりも古い形式の

巨大な白いカセットで流されていた"サウンド・オブ・ミュージック”のサントラにあるように思います。

あの白いカセットは何と呼ぶんだろう・・と思ったら、このサイトによるとエイト・トラックというそうです。今の若人はiphoneカセットデッキに入れちゃうくらいですが、たぶんエイト・トラックならipadも入ったと思います(嘘)

 

「ドレミの歌」を、「ドーーはドーーナツーのードーー」ではなく、"Do is deer a female deer"とか"Me is name to call my self"とか言って、聞き取れないのに素敵だと思った記憶があります。

 

うちの二匹の子供達と、今日前半鑑賞しました。

やはり名曲。ミュージカル嫌いの長男も、筋に惹きこまれていました。

筋をご存じない方の為に簡単に触れると、

舞台は第二次世界大戦直前のオーストリア。歌が好きだがお転婆な、ハイジが20歳になったようなヒロインの修道女が、妻を亡くした厳格な軍人と7人の子供達の元に家庭教師として派遣され、子供達と軍人の心を歌で解きほぐして行くお話・・だろうか。

 

とにかく、ヒロインを演じるジュリー・アンドリュースが素晴らしい。

 

この、短調のメロディー、"My Favorite Things"はツボ。子供の頃は音楽だけを好きだったのだが、「気分が沈む時には、好きなものの事を考える」という歌詞は、大人になると沁みる。

 そうそう、ドレミの歌もですね。繰り返されるメロディーに重なるコーラスと子供達の動きが素晴らしい。

 

Lady GagaがAwardで歌っていたので、ご存じの方も多いかもしれない。

Lady Gagaがこんな正統派風に歌うなんて!と驚いたけど、やっぱポップスが上手い人は、基礎をやってるんだなぁと思った次第。 

 

余談ですが、自分がツボにはまる曲には一定の傾向があると思いませんか?私は好きな曲に短調が多い気がします。(演歌等は除く) いつか法則を見出してみたいものです。

 

 

男しか行けない場所に女が行って来ました(感想)

読んだ本

昨日と打って変わって、軽~い本です。昨日のリー・クアンユー回顧録【上】は読むのに一か月かかったけど、今日のは2日くらい。感想も軽~く行きたいと思います。

男しか行けない場所に女が行って来ました 田房 永子

  

どこかで「母がしんどい」の書評を読んだ際に同じ著者のこの本を目にして覚えていた。20代の頃エロ本出版社で働いていた著者が、男の風俗や欲望を見て感じた事を書いた本。

中島らもみうらじゅんのエッセイのように、短いエピソードと下手くそだが笑える絵で構成されている。(女目線で書いているので、ある意味対極かも)。

面白かった箇所の大半はGoogle先生にひっかかりそうなので、ちょっと真面目な感想中心になってしまいます。

 

なんだろう。

 

さまざまな風俗について取材し、筆者は男性向けの〇〇喫茶や〇〇パブの不自然なシチュエーションを笑ったり、驚いたりする。

 

しかし、清潔でバラエティに富んだサービスが手に入り、人によっては同僚や取引先と堂々と行く場所として利用されている事について、

「なんで男だけあるの?ズルい!女はやりたい時に安全にやれる場所なんてない」と怒り、「女にもこんなサービスあったらいいのに。」と妄想(挿絵が楽しい)。

 

また「男はどうして『男は浮気する生き物。それくらい普通のこと』と言えて、それを我慢するのが賢い女とされているの?」とモヤモヤする。

つまり、男性の性欲は堂々と出して良くて、

それを解消するサービスが沢山存在して、

世の奥さんや彼女はそれを正面から怒って良い風潮にない。(個人差はあるかもしれないが、素人女性との1回の浮気が離婚理由になっても、風俗1回ではならないと考える人が一定数いるように思える。)

 

一方、筆者は「女性の性欲なんてないか、『見せると危ない目に会うから隠すもの』とされて来た」と言い、

「昔から、ドラえもんでも、戦隊ものでも、女の子は『見守るキャラ兼お色気要素兼しっかり者キャラ』だった」という。

確かに、漫画のワンピースでも七つの大罪でもそうだ。

#ちょっと話がそれるが、「七つの大罪」を一巻だけ読んだが、主人公があれほど好き放題にヒロインの(メイド服姿の)女の子の体をさわり、女の子は恥ずかしがるだけで怒りもしないというのは、かなり病んでいると思う。

 

私は女なので、筆者の苛立ちにいちいち頷いてしまった。

そうだよねえ。性欲があるのと、自分が妻や彼女にされたら一番嫌なことを実行するのとは、別だと思うんだけど。

でも、こんなに沢山の一方的価値観やサービスが溢れていて。(女性向けも同じくらい普及してたら良いのか・・な?)

自分の息子が、将来奥さんや彼女がいるのに平気で風俗に行く人になったら嫌だと思いつつ、どういう教育が良いのかはよくわからない。

ともあれ、将来のパートナーがこのテーマに関しては何を嫌がり、哀しみ、心を閉ざすかは、私の方がわかっていると思うので、パートナーを大切にするように、教えて行きたい。

リー・クアンユー 回顧録【上】

読んだ本

つい最近亡くなられ、シンガポールでは雨の中慰問の行列が途切れなかったという。

現在シンガポール東南アジア随一の経済拠点であり、日本人にとっての人気観光地である。
が、淡路島ほどの大きさの資源のない小国。それをここまで発展させた人、リー・クアンユーによる自伝

ちょっと長いですが、感想文です。

現実的で、頭が良い人の人生

優秀な人の人生を内側から覗いているような面白さ。緻密に社内政治をしつつ数字もあげているできる営業のようだ。
学生時代~日本占領時代~イギリス留学~弁護士時代~政党立ち上げ~独立運動と、どの時代も本人の「現実的に判断する」「何かを学び取る」、「絶対に負けない」という姿勢が貫かれている。「絶対に負けない」は、学生時代は「成績トップ」という意味で、ケンブリッジを主席で卒業している。すごい。ちなみに、シンガポール学生時代に知り合った奥さんは自分より成績が良かったそうで、「私より頭が良いのは妻だけ」と後年冗談を飛ばしたとか。

 

大戦中に英国が追放され日本軍の支配が始まると、日本軍の残酷さに憤りつつも、生活の為と割り切り3か月間で日本語を覚え、日本軍の下で働く(首相になってからも、演説の為に北京語と福建語を努力し習得する)。日本の戦況が悪化し物資が不足すると、闇市で宝石などを買い入れては売りさばき、一定の収入を確保。商売人としても十分財を成していたのではと思われる。

 

シンガポール・マレーシア及びボルネオ島を含む”マレーシア連邦”として英国から独立を得る為、様々な交渉をマレーシア側指導部と行っていくのだが、マレーシア側のトップで王族出身のラーマンについて、「女と馬を愛する、優雅な大公」と評しつつ、ゴルフに買い物や競馬に「金魚のフンのようについていき」「お揃いのベストを買った」と、合意を引き出すまで営業マンのように忍耐強くお伴をする場面が何度も出てくる。本当に現実的な人である。まぁ、最終的には決別し、回顧録では各人について書きたいことを暴露しているわけだが。

日本について

日本軍が華人に対して行った大量虐殺や、友人が受けた拷問などについてもページが割かれ、日本政府が謝罪から逃げ続ける姿勢を非難している。 また、慰安所に出来た長蛇の列についても驚きを持って記している。

一方、日本軍の支配下は、「どんな大学よりも、政治について私に多くの事を教えてくれた」「銃口の下で人々がどのように考え、行動するか」「厳しい支配の下では治安はとても良かった」と、後年の政権運営に役立ったと述べている。

日本人が知らない、マレー人と他民族の関係

マレーシア独立から2年後にシンガポールがマレーシアから分離独立した経緯は、「中国人とマレー人の間で対立があったからじゃないの」程度の知識しかなかった。しかし実際は、資源の少ないシンガポール側がマレーシアからの分離を望んだ事はなく、マレー人による政治支配継続を最優先とするマレーシア側指導部が、全ての民族の平等を求めるリー・クアンユーおよびシンガポール華人社会を脅威ととらえ、離婚を言い渡したリー・クアンユーの表現)ことが分かった。

マレーシアには現在「プミプトラ(土地の子)政策」という、マレー人優遇政策が存在する。前マハティール首相が取り入れた「中国人やインド人が経済力を持つなか、マレー人を自立させる為、大学や公務員採用など様々な面で優遇する」というものである。
結果、「マレー人は仕事しないのに優遇されている」というインド人や中華系からの妬みを受けている印象がある。

私はこれが「マハティール前首相の考えに基づく政策」だと思っていた。マハティール元首相は医師時代、「マレー・ジレンマ」という著書の中で「マレー人は遺伝的に劣っている、だから保護せねばならない」と論じ、発禁処分になったと聞いたからだ。
しかし、この本を読むと、マレー人が感じるインド人や華人への脅威は、もっと前から外国人が仕事を取っている」という空気が共有されていた事が分かった。

独立当時のマレーシア指導者ラーマンについて(以下引用)

「彼は、自分を含めマレー人の能力を低く見ていることを隠さなかった。(中略)『連中はビジネスができない。どうやったら儲かるか、まるでわからない。中国人は稼ぎ方を知っており、彼らの税金で政府の費用を賄うのだ。マレー人はあまり利口でなく、ビジネスも得意でないから、政府各部局や警察、軍隊に責任を持つべきだ』彼の哲学は(中略)マレー人を難民にしないことである。中国人やインド人と違って、マレー人は他に帰る国が無い。」と書いている。

 

回顧録(上)では、シンガポールがマレーシアから離縁されるまで。(下)では、切り離されたシンガポールが現在のポジションにのし上がるまでが描かれている。楽しみです。

(長文失礼しました・・)

 

 

やらない後悔よりやる後悔

息子が通っている学校の学校便りに、校長先生から

「もし子供に帰ったら何をやりたいか」

というタイトルでお手紙が書かれていました。

内容は「大事を成す人や組織は、What, Howという外側の理由からではなく、Why - なぜ自分はそれをやりたいのかが明確になっている」というもので

あるTEDのプレゼンテーションから引用したものでした。

 

校長先生のお手紙を見て、

以前「もしも12歳の春まで若返ったらやること」というような匿名記事が

話題になってたなぁ・・と思い出しました。

 

私は新しいことを始めます。

校長先生に刺激された訳ではない。ちょっと匿名記事には触発されたけど(普通逆?)。

私は12歳に戻れたら、歌をやりたいなぁと思ったので、始める事にしました。

なんせ今が人生で一番若いんだし。

 

私が通っていた小学校は合唱が盛んで、なぜか音大のトップ大学を出た先生が

名指導者として100人所帯の合唱団を指導し、県や地方の大会まで送り出していました。私は今振り返っても歌の楽しさにのめり込み、朝練、放課後、夏休みと通っておりました。

が、中学校に上がる時、大半の生徒が違う部活に進みます。

そして、中学校にはその名指導者もおらず、学校にはヒエラルキーが出来、

「文化部の、合唱はイケてないかも」と思いつつ

だんだんと音楽から離れて行きました。

高校・大学は現実世界がどんどん楽しくなり、

社会に出ると「仕事の役に立つこと以外の習い事」を習うなど全く考えが無くなり、

子供が産まれ職場復帰すると、そもそも1分も自分時間が無くなり。。

 

現在、旦那の転勤で会社を辞める事になり、とある海外に引っ越してしばらく経ちました。

たまたま子供が通っている学校は、とても音楽が盛んで

先生方の経歴もすばらしく、

ミュージカルの発表会では、高学年~中学生がプロ顔負けのソロを歌います。

私は常々「いいなあ・・一流の先生に習えて。。」

「小学生でもあんな風に歌えるようになるなら、その先生達に習いたい」と思っていました。

 

自分の子供がミュージカルの練習に加われば、保護者の協力と称してレッスンに参加することが出来るのですが、残念ながらうちの子は全く音楽に興味がない為、1年程は外部のレッスンを探したり、単発の歌のイベントに参加したりしていました。

 

が。

家の近くの学校に、こんなにいい先生がいるのだから、親でも習えないか聞いてみるべし!

ちょうど新学期で、音楽部、運動部その他の先生に保護者が話を聞く機会がありました。

音楽の先生に「保護者が習いたい」なんて、ハァ?って対応されるだろうなぁ

と思いつつ

ダメで元々、チキンの心臓バクバクしながら

「あの、子供じゃなくて私が習いたいんですが・・・」と、聞いてみました。

すると

「保護者の方からの問い合わせなんて初めてよ!」と歓迎してくれました。

ここ1か月で一番うれしい出来事でした。

 

というわけで、やってみたいことを勇気を出してやってみる事にします。

社会の役に立つわけでもお金を貰えるわけでもないけれど、

自分がとても幸せな気持ちになれる活動は

ちょっとつきつめてやってみようと思います。

そこから、微力ながら人の役に立てることも出てくるかもしれなので。

 

では。

 

 

 

夏休みがようやく終わる 自分と向き合う時間は、いる!

7月末から義理親が滞在し、帰った翌日に実家へ里帰り。実家に数週間滞在し、ようやく戻ってきました。

 

実家といっても、もう家を出て何年も経っている為自分の荷物は無く、

幼馴染はみな遠方へ、子供同士遊ばせられるようなママ友も居ないので子供も退屈。

老齢の母にはそうそう子供を預けられないので

必然的に子供を連れ出し、帰宅後はいつも通り片付け、風呂、寝かしつけ。夜は自分1人になれる場所が無い(といっても実家なのでまだ気楽)ので寝るしかない毎日でした。

もちろん、人数が増えた食事と洗濯をしてもらったり、何より美味しい食材と実家の味付けを堪能できたので、幸せではあったのですが。

 

7月末から8月末、ほぼ1か月、自分の時間や空間がない生活は、長かった・・・

ようやく、一息ついて、PCに書き殴ったり

読みかけの本を読んだりする幸せを噛みしめています。

母親じゃない自分に戻る時間って、必要だと思いませんか~?

 

ではでは、おやすみなさい。良い1週間を。