楽しく生きていく

面白おかしく楽しく過ごす。知りたいことはメモってく。

妬みから自分の願望を知る

久しぶりに「妬み」を自覚した。
最近、「ありの~、ままの~、じぶんを好きになって~」と
エルサ並みに解放されていたつもりだったので、
おお、まだまだ自分の中にこういう気持ちはあるのだ、と驚いた。
 

妬みには色々な種類がある

金持ちに対する妬みなら
「は~、苦労してないボンボンで良かったですね、はいはい、でも性格は残念ですね(<=ひがみ)」
同僚が誰もがうらやむ転職をしたら
「何であんな奴が。要領の良いヤツは得だよな(<=ひがみ)」
「なんで業界経験もないあの人が。
あれだけ交遊関係広かったら未経験でも受かるんだ(<=ひがみ)」
美人に対する妬みなら
「へ~、お金持ちと結婚するんだ~、ふ~んやっぱ美人は得だね。
でも仕事全然してないし他力本願の人生だね(<=ひがみ)」
 
他にも、周囲がみな結婚したが自分が結婚できない、周囲がみな子供に恵まれたが自分は恵まれない、
周囲がみな家を建てたがうちは、、と、妬む材料はいくらでもある。
 
人間、「妬み」を感じるのは普通のこと。
ちょっと自分の心に距離を置くと、自分が本当に欲しいものが見えてくる。
 

本当は何が「妬ましい」のか?

自分が妬ましいと思う人の、何が気に食わないのか。

金持ちのボンボンを見て。
「は~、苦労してないボンボンで良かったですね、はいはい、でも性格は残念ですね」
=>苦労してなくても、性格が残念でも、お金持ちなことが妬ましい
 

同僚が、自分の人脈を活用してうまく転職した。

=>「何であんな奴が。要領の良いヤツは得だよな」

=>人脈の広さ、要領のよさが妬ましい

 

お金持ちと結婚した美人を見て。
「へ~、お金持ちと結婚するんだ~、ふ~んやっぱ美人は得だね。
でも社会経験もないし、一生他力本願の人生だね」

=>自分が持っていない「美人」という能力を使ってお金持ちになれることが妬ましい

 

欲しいものを手に入れるのに、

自分はあんなやり方だけはしたくないと思っていたら、

それこそ、自分が欲しいと思っていることかも?

 

もしかして、それは「他力本願」を羨ましいと思っていたりして?

今まで、自分が努力しさえすれば、欲しいものは手に入る。

そうやって頑張ってきた人は、

人に頼む、人に頼る、自分を甘やかすことが苦手な人が多い。

 

自分の願望に、もっと貪欲になろう

自分のやりたいこと、欲しいものを自覚し、

宣言し、

必要な支援を堂々と求めよう。

 

「求めよ、さらば与えられん」の続き

この言葉、知りませんでしたが聖書の中のキリストの言葉だったようです。

続きも良い言葉だったので以下に紹介します。

求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門を叩きなさい。そうすれば開かれる。誰でも求めるものは与えられ、探すものは見つけ、門を叩くものには開かれる。あなたがたの誰がパンを欲しがる自分の子供に石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに蛇を与えるだろうか。このようにあなたがたは悪いものでありながら、自分の子供には善いものを与えることを知っている。まして天の父はもっと善いものをくださるに違いない。だから、あなたがたも自分がしてほしいと思うことは何でも人に施しなさい。これこそ律法と預言者である」

(聖書元の文はこちらより引用)

ではでは、この辺で。